世間ではもはや当たり前のようになっているバースデー休暇だが、俺には縁がない。それどころか、誕生日の前後二週間程は、オフを作れないのだ。

 仕事のせいではない。時期的にはそれほど忙しくもないし、休もうと思えば休めないこともないのだが、この時期に半日でもオフを作ろうものなら、すかさず俺のバースデーパーティーを開こうとする人がいるからだ。

 そのせいで、屋敷にも戻れない。屋敷に戻る暇があるのなら、パーティーを開くから出席しろと言われてしまう。

 俺のスケジュールが筒抜けになってしまうのは、相手がグーデリアン財閥の当主でもある祖父だからだ。

 昔から俺のことは可愛がってくれていたし、俺が次期当主の第一候補に決まってからは、何かと目を掛けてくれているのだけれど、祖父が開くパーティーとなると話は別だ。

 そこでは、祖父とは言葉を交わすことすら難しい上に、俺の誕生日を祝う気などまるでなく、溢れんばかりの下心を隠そうともしないで寄って来る人々の相手をしなければならないのだ。

 そんなことで疲れ果てるくらいなら、仕事をしている方がましだった。

 もちろん一番誕生日を祝ってくれるフランツと、一緒にいられないのは寂しい。

 けれど、俺が見ていないところで屋敷内からフランツを出すことには不安があるから、会いに来いとは言えない。

 フランツが秘書になってしまえば常に側に居られるのだが、フランツを秘書にすることに関してはウェルズに一任しているので、俺は待つしかないのだ。

 一緒には居られないから、毎年五月一日の午後九時になると、フランツから電話が掛かってくる。

 少し心配そうな声で邪魔にはなっていないかと確認して、それから誕生日おめでとうと言ってくれるのだ。

 そんなに長く話す訳ではないけれど、俺にとって最も嬉しい時間である。

 もうすぐ九時になる。俺は電話が鳴るのを待った。

 

 もう掛かってくるはずだと思っていたら、ドアをノックされた。ウェルズだ。

「若、少々よろしいでしょうか」

 今にもフランツから電話が掛かってくるだろうというのに、ウェルズの相手などしていたくない。

手短に頼むと告げれば、解っていますと用件を話し始めた。

「私一人では、若の元に送られてくる書類を整理することが難しくなってきましたので、明日からもう一人秘書を増やすことに致しました。それで、一応若に会って頂こうと思いまして連れて来たのですが」

「解った、見るだけで良いだろう?ウェルズの人選は信頼しているから、文句は言わないよ。通してくれ」

 俺は、鳴らない電話に不信感を抱いていた。まさかフランツに、何かあったのだろうか。きちんと時間を守る子だけに、不安になる。

 だが、ウェルズに続いて入って来たその姿を見て安堵した。

 慣れないスーツに身を包み、恥ずかしそうにしていたのは、紛れもないフランツだったのだ。

「いかがでしょうか?」

 わざとらしく聞くウェルズに、文句など言えるはずがない。

 言葉を失っていた俺にバースデープレゼントだと耳打ちして、ウェルズは部屋を出て行った。

「あ、あの、驚かせようと思って、内緒にしてたんだけど……怒ってる?」

「いや、会えて嬉しいよ、フランツ」

 俺に内緒で屋敷を出てきたことを悪いと思っているらしいが、何事もなかったのだから、怒らなければならないようなことは何もない。

「そのスーツはどうしただ?」

「ウェルズさんに見立ててもらっただけど、おかしいかな」

「良く似合ってるよ

 くそっ、ウェルズの奴、俺の楽しみを知っていたくせに奪いやがって。

しかも似合っているだけに、なおさら腹が立つ。

「初めてのスーツは、俺が見立ててやろうと思っていたのに

だからこんなもの早く脱いでしまえと、ネクタイを外そうと伸ばした手をフランツに止められた。

「ジャッキー、お誕生日おめでとう」

 触れた唇は柔らかく俺を受け止め、それが深いものに変わっていくのに時間は掛からなかった。

 傾いた体を抱きとめる。欲しかった温もりが腕の中にある。それだけで、嬉しかった。

 荒い呼吸を整えようとしているフランツのネクタイを引き抜き、ジャケットのボタンを外すと、驚いたように俺の手を拒む。

「こんなところで?」

 ここは俺のオフィスだから、これ以上先へ進むとは思っていなかったらしい。困ったような顔で見つめてくる。

「ここでは嫌か?俺はしたいよ。今、フランツを抱きたい」

 俺の言葉に耳まで紅く染まってしまったフランツを応接用のソファに横たえた。

 隣の部屋に仮眠用のベッドはあるけれど、そこまで行く間も惜しい。

 シャツのボタンを外し、現れた白い肌に口付ける。その感触にピクリと跳ねたフランツの服をさらに脱がせて行く。

「……ア……ん……」

 微かな刺激にさえ反応して、吐息を零す。

 潤んだ瞳で俺を見つめて、キスを求めるかのように濡れた唇を薄く開く。

胸の突起に刺激を与えれば、そこから覗いた舌が小さく震えた。

 ベルトを外す音に怯えたように身を竦ませ、俺の首にしがみついて来る。

 既に形を変え始めているフランツ自身を下着越しに確かめれば、抑えきれない嬌声を漏らした。

 久しぶりなせいか、つい先を急いでしまう己を戒めながら、愛撫を加える手を強くする。

 俺の体に擦り付けるかのように腰をくねらせたフランツが、堪らなげに鳴いた。

「も……ダメ……お願……い……」

 もう堪えられないと哀願するフランツの中に、体を沈ませた。

「ンンッ……ハアッ……」

 俺を咥えこんだ部分が熱く渦巻き、快感を煽る。

 お互いを貪るように快楽に溺れ、上り詰めた瞬間の開放感に酔いしれた。

 我に返ると、俺の下に体を投げ出していたフランツが、照れたように笑って俺の頭を抱き寄せ、キスをせがんでくる。それに答えて口付けを交わした。

「俺の人生の中で、最高の誕生日だよ」

 囁けば嬉しそうに笑う。

「これからは、毎年側で祝ってあげるから……」

 掠れた声でそう告げると、力尽きたかのように手足を投げ出したフランツを抱き起こす。

 最中に何度かソファからずり落ちそうになっていたから、隣の部屋にベッドがあると知ったらフランツは怒るかもしれない。

 それでもフランツは、そこまで待てなかった俺の気持ちを解ってくれるだろう。

 明日からはずっと一緒にいられるという事実に俺は浮かれていたが、現実はそう甘くはなかった。


 翌朝、ウェルズの電話に起こされた俺は、傍らにフランツがいないことに驚いた。

『おはようございます。昨夜のプレゼントはお気に召しましたでしょうか』

「ウェルズ、そのフランツがいない!」

『フランツならとっくに起きて、私の隣に居りますが』

 居なくなってしまったのではないと安心したところに、無情なウェルズの声が届く。

『若、フランツのことですが、秘書としての仕事を覚えてもらわなければなりませんので、暫くお会いになることはお避け下さい。ではまた、後程お伺い致します』

 どういうことかと問いただす前に、電話は途切れていた。

 

 漸くやって来たウェルズは、フランツを連れてはいなかった。

「おまえの仕事を手伝わせるのに、どうしてフランツを連れてこないだ」

「フランツなら今、メアリーが仕事を教えています」

 メアリーは、このオフィスに来る仕事の管理を任せている秘書だ。

「まずはメアリーのように各地のオフィスにいる秘書たちが、どのような仕事をしているのかを覚えてもらわなければ、私の手伝いなどさせられませんから」

 ウェルズの主な仕事は、俺のスケジュール管理と、各地の秘書から送られてくる書類を整理して俺に渡すことだ。ウェルズの言うことは尤もである。

「まぁ、フランツは飲み込みが早いですから、三日もあれば十分でしょう」

 今までだってそれぐらい会えないのが普通だったのだからとウェルズは言うけれど、どうしても会えないのと、側に居ると解っていても会えないのとでは随分違う。

「さぁ、張り切って仕事して下さい。若の仕事なんていくらでもあるですから」

 ウェルズはもともと祖父の秘書だった。この時期だけは俺が逆らえないのを良いことに、どんどん仕事を持ってくる。

「暇そうになさっていたら、いつでも旦那様にご連絡致しますからね。若がバースデーパーティーを開いて欲しいとおっしゃっていると伝えれば、旦那様はさぞかしお喜びになるでしょう」

「解ったよ、ウェルズ。それだけは勘弁してくれ」

 そういえば、フランツとは朝の挨拶すらしていない。

 昨夜の出来事が夢だったかのように思えてきた。

 視線の先には、私はそんなに甘くはありませんとくそ笑むウェルズがいた。

 








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